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2章.2 当然のように、僕はホームルーム終了後すぐ、結構な人数に囲まれて身動きが取れなくなった。ほとんどは女子だったが、男子も少なからず混じっていた。 「どこから転校してきたの?」 「部活入る? もしよかったら演劇部に来てほしいんですけど。即ヒロイン役できるよ」 「シャルルくんって呼んでいい?」 「どうか俺の彼女の視界に入らないでください」 「どこに住んでるの?」 「女兄弟いないの? いたら紹介してほしい」 僕は悉く無視した。 「無口だね」 「無表情だね」 「迷惑?」 「何か言ってよー」 他人の相手をするのは嫌いだった。面倒だから。けれどさすがに、無視し続けるのにも疲れそうだったので、僕は顔を上げる。 「そんないっぺんに言われても困るんですけど」 周りの生徒は互いに顔を見合わせて、ところどころですみませんと呟いていた。 僕はゆっくりと立ち上がりながらどこも見ずに訊ねる。 「どなたかお手洗いの場所教えていただけますか」 「あ、あたし教えるー」 「ウチも行くー」 「あー、どうか彼女に見つかんないでー……」 さっきから彼女彼女言ってるなんか面白い男子がいるので、その生徒にだけ返事をしてやった。小声でこっそり。 「僕、女の子に興味ありませんから、大丈夫」 得意の本物そっくりの作り笑いをしてみせると、彼はほんの少し頬を染めた。 貴方が僕に惚れてしまえばいい。 僕は決して男好きなわけではない。だからと言ってナイジェルみたいな女ったらしでももちろんなくて、単に僕は人間が嫌いだ。他人を慌てふためかせるのがちょっと楽しいだけだ。 「行こ?」 「ええ」 案内されるまでもなかった。トイレはすぐそこだった。 「待ってなくて構いませんよ。戻れますから」 「そう? 待っててもいいよ?」 「戻る気ないですから」 ぽかんと口を開けた女子二人を背に、僕は一言。 「散策してきますね」 「えっ、ちょっと……」 「授業始まっちゃうよーっ」 知るか。勉強する気なんか微塵もない。 「……なんかカッコいい」 「いいのかな、ウチら怒られないのかな」 けれど僕は一時間と経たないうちに教室へ連れ戻されることになる。 ◇ 授業が始まってもシャルルは戻って来なかったので、教室では様々な憶測が飛んでいた。 「まさかいきなりサボりとかじゃないよね」 「『散策してくる』って言ってたんだって」 「ウチらが転校生珍しがって質問しまくったから怒っちゃったのかな」 いつもは生徒の半分近くが船を漕いでいる数学の時間にも関わらず、今日は誰一人寝ていなかった。みんなシャルルが気になって仕方ないらしい。 「それにしてもお人形みたいに可愛いよねあの子」 「性別詐称してるとしか思えない」 「もしほんとに男だとしても、あの体格じゃ年齢サバ読んでるんじゃね」 シャルルは本当に学校が大嫌いで、学校を出てどこかに行っちゃったのかも。 半ば無理やり転入させてしまったことにちょっぴり後悔しながらも、私はノートに数式をのんびりレタリングしていた。授業を聞くより友達に聞いたほうが、わかりやすいことだし。 「ねぇねぇねぇねぇさゆり」 背中をペンで軽く叩かれて、私は後ろを向いた。幼馴染で親友の、今井未来。彼女がそう、教師よりもわかりやすく数学を教えてくれる、銀縁眼鏡のちょっと変な子だ。 「『ねぇ』は一回でいいよ」 何でもいいわ、と手を振る彼女。普段はどの授業の時も眠そうな目をして何を考えているかわからないのに、今日はやけに目の奥が輝いていた。 「シャルルくん可愛いよね。ていうかめっちゃ美少年じゃない? なんかあんまり喋んない感じで謎めいてるしさあ、この時期に転校とか普通ありえないよね。何だろうね!」 未来は読書が好きだから、一風変わった出来事がフィクションみたいで余計に楽しくて仕方がないのだろう。私は無関係を装って口を開く。 「知らないよ。可愛いのはそうだけど。ほんとに男なのかな」 「そりゃあ、オトコノコなんだろうね。なんかさゆり冷めてるね。シャルルくんみたいな子好きじゃないの? 超弟にしたいじゃん。あ、そういえば弟っぽさがあるよね」 何を以て弟っぽいと決めつけるのかは知らないが、シャルルみたいな可愛い子を弟に持つと自分が不細工に思えて嫌だろうなあと私は思った。 「綺麗すぎて現実な感じがしないの。自分夢見てるんじゃないかなーって」 未来に突然頬をつねられた。痛かった。 「ほら現実だよ。みんなが飽きたころにあたし話しかけてみよーっと。仲良くなりたい」 「あー、未来の友達って変な人ばっかりだもんね」 未来が何か言う前に、授業終了を告げるチャイムが鳴った。そしてそれを合図にするように教室の後ろのドアが開き、体育の男の先生に腕を掴まれてシャルルが連行されてきた。 「三組諸君、こいつがサボらないように見張っとけー」 シャルルは思いっきり不機嫌そうに口を尖らせて、乱暴に先生の手を振り払った。 「セクハラです」 「え、こいつやっぱり男装してるのか? そうなの?」 先生はドアの近くにいた男子に訊ねたが、その男子は先のシャルルの台詞を面白がって「セクハラです」と繰り返していた。クラス内で流行り出しそうだ。 「僕は男です」 つっけんどんにそう言うと、つかつかと自分の席に歩いていき座った。 「もうサボるなよ転校生」 「ええ。次は気付かれないようにしますから、どうぞご自分の仕事に戻ってくださいな」 先生は冗談だと思って笑ったようだが、シャルル自身に冗談のつもりはなかっただろう。 それから学校にいる間、シャルルは眠たそうな目を時々擦りながら、黒板や空を見たり教室の中を眺め回したり机に突っ伏したりしていた。とにかく退屈そうだった。 休み時間になると、シャルルはまた質問攻めにあって見えなくなったが、シャルルが質問に答える声はしなかった。黙々と弁当を食べているに違いない。 「だるい」 弁当を片付ける音に混じって、一言だけ聞こえた。 「シャルルくんのファンクラブ作ったら会員何人になると思う?」 未来が真剣な様子で訊ねてきたが、私は肩をすくめるだけにした。 そんな感じで、シャルルの高校生活一日目は終わった。 「嫌だもう……」 私より後に帰ってきたシャルルは、大して物の入っていない鞄を下ろしワイシャツの一番上のボタンを外すと、テーブルに突っ伏して目を閉じる。 「今日一時間目どこ行ってたの? 学校、嫌だったかな……」 シャルルは突っ伏したまま面倒そうに答えた。 「屋上に行ってみたらあの不躾な教師に見つかっちゃった。身体触られるの嫌いなんだよ僕」 それで『セクハラです』はどうかと思ったけど、男子に受けてたしいいのかな。 「あー。ナイジェルのばか」 女の子みたいな台詞だなあ、と思いながら私は「お疲れ様でした」とだけ言った。 「むかつく。会ったら殺す……」 今度は小学生男子みたいな台詞だった。私は戸棚からポテトチップスの袋を出してきて開ける。シャルルは異性であることを感じさせないから気まずい思いはしないけど、何か音が欲しかった。シャルルは一枚つまんで不思議そうに眺めてから、はじっこをちょっとだけ齧った。 「しょっぱい……」 味が気に食わなかったのか、つまんだ一枚だけを食べるとしばらくふくれっ面をしていた。 私はテレビをつけて、夕方のニュースを見ることにする。ちょうど、通り魔殺人について報じていた。数日前から話題になっているものだ。 「この犯人さ、小動物虐待するのが趣味だったんだって。昨日もニュースでやってたよ」 「へぇ……くだらないね。そんなことしたって自分の小ささ噛みしめるだけでしょうに」 疲れたのだろう、シャルルはあくびを手で隠しながらそう言った。その拍子にワイシャツの隙間で何かがきらりと光ったのに気付いて、私は少し首を傾けた。金糸のように細い鎖だ。ペンダントだろうか。シャルルにはどんな宝石も似合いそうで、ちょっぴり悲しくなる。 「ねぇ、この国で殺人犯したら、何年くらい刑務所入れられるの?」 急にそんなことを訊くので、私はちょっと驚いて考え込んだ。 「少なくとも三年くらいは……死刑ってのもあるよ?」 「じゃあ時効は?」 「詳しいことはわかんないよ私」 「そっか。普通は知らないんだろうね」 あっさり諦めて、シャルルはまたテレビを眺め始める。数分後、また一つ、作ったような笑みで訊かれた。 「何か疑ってるの? 僕が人を殺すような人間に見える?」 見えなくもない、とは言えなかった。 質問した時のシャルルの目は、明らかに先ほどまでと違う光り方をしていたから。 |